ワーケーションで変わるマネージャーの仕事【社員の約23%が実施『リコー』の仕掛け人に聞く】

ワーケーションで変わるマネージャーの仕事【社員の約23%が実施『リコー』の仕掛け人に聞く】

部下の成長を後押しし、チームの生産性を高めるための新たな働き方として『ワーケーション』に改めて注目が集まり始めています。株式会社リコー(以下、リコー)では、まずリモートワークを主体として働いている社員の比率が7割超え。さらにリモート主体勤務を実施する社員の約23%が同社のワーケーション制度を活用し、これまでは得ることが出来なかった新たな成長機会を獲得しています。
 
もっとも『ワーケーション』に対して、新型コロナの時期に注目された「リゾートに滞在しながら仕事をすること」というイメージを強く持っている方もいるでしょう。コロナの時期の『ワーケーション』と2025年現在のワーケーションは企業にとって取り組む意味が大きく様変わりしています。

そこで本記事では、リコーのワーケーション導入の仕掛け人である鶴井氏に、制度導入の背景や社内での認知、マネージャーの役割について詳しく伺いました。
 
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鶴井氏がリコーのワーケーションの一環で、和歌山県白浜町でリモートワークを行う様子(リコー提供)

ワーケーション制度を活用して部下の成長を後押しし、チームのエンゲージメントを高めるための具体的な方法を、ぜひご一読ください。

鶴井直之

株式会社リコーに入社後、主に国内販売部門にて営業、販売支援、戦略策定などを担当。
2014年から、当時所属していた部門内のワークスタイル変革活動に従事した後、
2017年に発足した全社働き方変革プロジェクトに参画。現在は本社人事部門にて同活動を継続している。

そもそも『ワーケーション制度』導入を行った背景と期待

— リコーはリモートワーク主体で働く社員のワーケーション経験者比率が約23%と非常に高い水準にあります。そもそもワーケーション制度を整備したきっかけは何だったのでしょうか?

鶴井さん(以下敬称略):実はリコーでは「ワーケーション制度の導入」そのものを当初から目指していたわけではありません。ワーケーションを導入するため「だけ」に特別な施策を打ったわけではなく、リモートワークを中心とするリコーの働き方の多様化が結果としてワーケーションを可能にしたのです。

— というと?

鶴井:リコーにはコロナ以前からリモートワークや在宅勤務の制度はありましたが、これらを活用するのは主に営業職や育児・介護を理由とする社員に限られていました。その制度活用が大きく広がったのは、コロナの感染拡大の少し前、2020年東京オリンピックの準備が進む頃でした。

当時、都内の企業に対しては交通渋滞緩和のため、大会期間中の出社をできるだけ控えるように東京都から要請がありました。そこでリコーでは「出社をできるだけ控える」というレベルではなく「本社を一時的にクローズし、全社員がリモートワークをして事業を継続できる」ように大会に向けて環境を整えました。そしてこの時に実施したテストで、リモートワーク中心の働き方でも十分に仕事が回るという手ごたえが得られていたんです。もっともその直後に新型コロナウイルスの感染拡大によって、緊急事態宣言が発令され、東京五輪の開催延期も決定しましたが……。

そして最初の緊急事態宣言が解除された後、社内で議論が行われ「在宅勤務などリモートワークを働き方の選択肢として標準化すること」を決定し、2020年10月には制度を見直しました。たとえば在宅勤務の対象者や実施可能日数の制限を撤廃し、フレックスタイム制度も見直し、コアタイムも撤廃しました。さらに、働く場所も自宅や会社だけでなく、サテライトオフィスやカフェなどでも働けるようにしました。
このような環境整備が進む中で、「いつでもどこでも働ける」という状況が整い、ワーケーションも自然とできるようになったという形です。

ワーケーション制度に対する社内の認知と初期の課題

— コロナの時期に「テレワーク」「在宅勤務」への理解は各社で進んだと思います。一方でワーケーションは言葉が独り歩きした反面で実践した人は少なかったと思います。制度導入後のリコー社内の反応はいかがでしたか?

鶴井:リコー社内でも全く同じ状況でした。ワーケーションが導入された当初、社内ではそもそも「ワーケーション」という言葉自体がよく理解されていませんでした。社内でのワーケーション制度の位置づけが「リモートワーク制度の一部」であり、ワーケーション制度そのものが大々的にアナウンスされることが無かったのもその要因だったかもしれません。

— すると制度設計はもちろんですが、制度への社内の認知や理解を得ること自体が大変だったのでは?

鶴井:多くの社員はワーケーションについて「プライベートの旅行先で仕事をする」というイメージだけを持っていました。そのため個々の社員から「プライベートの旅行先でも仕事をさせるための制度を作るのはどうなのか」という、ワーケーションという働き方への誤解に基づいた懐疑的な意見も何件か寄せられました。

ワーケーションはあくまで『ワーク』+『バケーション』であり、いわば普段の働き方の一種です。「休暇中に働くこと」はワーケーションではないのですが、そうしたことすら最初のうちは社内では伝わりませんでしたね。

またマネージャー層からは「そもそも何のためにワーケーションをやるのか?」という質問が多く寄せられました。たしかに制度を整えた初期の頃は、私自身、ワーケーションの明確な目的を社内で明確に伝えることができていませんでした。そこでワーケーション制度の導入が進んでいる他の企業の方からもお話を聞き、知見を借りながら、社内向けに『ワーケーション実施ガイド』という資料を用意しました。その資料を用意し、会社が主導する形でのワーケーションプログラムに参加する方が少しずつ増えだしてからは、ワーケーションに対する誤解は解けつつあると思います。

リコーの仕掛け人が考える、社内にちゃんと伝わる『ワーケーションの意味』

— ワーケーションを行う意味を社内でちゃんと伝えることが出来ずに困っている方は多いと思います。そもそも人事担当者やマネージャーにとって「ワーケーション制度」を整備する意味とは何なのでしょうか?

鶴井:リコーではワーケーションの狙いを「時間と場所を有効に活用する柔軟な働き方の選択肢を拡大し、社員の自律的な働き方とワークライフ・マネジメントの実現を促進すること」としています。会社として期待している効果は、以下の3点です。

1.社員のエンゲージメント向上
2.社員のイノベーションマインド醸成
3.地域の社会課題解決への貢献


この3つの中でも、人事やマネジメントという観点で考えると「社員のエンゲージメント向上」へのワーケーションの持つ効果は絶大なものがあると思います。

具体例を挙げると、リコーが2021年から毎年実施している富良野でのワーケーションプログラムです。

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リコーの富良野でのワーケーションの様子(リコー提供)

このワーケーションは入社2年目の社員を対象に実施しました。彼らは、新型コロナの影響によって入社式は社長と1人1人が話をする個別入社式で、その翌日からの新人研修は全てオンラインで行われた世代です。つまり一度も同期で集まる機会もなく、各部門に配属されたのです。

よって同期同士であろうと「他の同期の顔をオンラインでしか見たことが無い」というのがごく当たり前の状態になっていました。せっかくの新卒の若手社員同士が一回も集まらないし、話をしたこともないというのは経営課題になり始めていました。

— 新型コロナの影響があったとはいえ、その状態が長く続くことは決して良いことではないですよね。

鶴井:そこで2021年に企画したのが2年目の社員を対象とするワーケーションで、富良野での3泊4日のプログラムを組みました。実はプログラム実施を決定した後、参加が決定した2年目社員に事前説明会を行うため、一度オフィスに集まってもらったことがありました。その時の会の空気は、いま思い返しても重々しかったです。同期同士のはずなのに誰も口を開かないし「はじめまして……」というムードが漂っていたんです。

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富良野でのワーケーションの一環として行った、富良野高校での地域交流の様子(リコー提供)

こうした硬い空気を払拭し、社員同士の絆を強める効果がワーケーションにはあると思います。富良野で3泊4日も一緒にいると、参加者の仲は明らかに目に見えるほど急速に深まっていきました。これは余談ではあるのですが3年後、なんとこの富良野ワーケーションに参加した同期同士で結婚する男女が居たほどでした。

— その後の働き方にも直接的に良い影響がありましたか?

鶴井:ワーケーションは部門を超えたコミュニケーションを生み出す機会になり、社員の視野を大きく広げる効果があると思います。その効果はワーケーション終了後も中長期的に持続するのではないでしょうか。

富良野のワーケーションに参加した若手のアンケートの中にあった衝撃的なフレーズを今でも覚えています。それは「リコーのプリンターがお客様のもとに設置されているのを、初めて見ました」というものです。

特に商品企画や設計開発の社員は、本来はお客様のもとへと出向き、そのニーズや製品の利用シーンを把握し、新たな商品づくりをするのが仕事です。しかし、少なくとも新型コロナの影響下では入社2年目の社員が「お客様のもとを訪問したことがない」状況が生まれてしまっていたのです。

このように「経験が浅い若手社員が社内に大勢いるにも関わらず、彼らが直にお客様と触れ合う機会が少ない」という課題に、アフターコロナのいまでも悩まされている企業の方は少なくないのではないでしょうか。

ワーケーションを行うとそうした部門や社内外の壁を飛び越えて、多様な交流が生まれます。社員同士の絆が深まるのはもちろん、ワーケーション先の地域で自社の製品を使っていただいているお客様と交流する機会が生まれることもあります。ワーケーションは参加する社員にとって、一過性の刺激にとどまらない成長機会になるものだと思います。

ワーケーションの効果の数値化について

— ワーケーションの短期での実施効果はどのように測定していますか?

鶴井:まずリコーでは参加者のアンケートを重視し、今日に至るまでプログラムの改善を続けてきました。5段階評価でスコアをつけてもらう形で『4.5以上』を目標として、参加者の満足度をチェックし続けています。これまでのワーケーションプログラムだと、良い時だと『4.9』を記録することもあり、4.5以上という目標値は安定的にクリアし続けています。参加者の満足度という実施効果には強く手ごたえがあります。

その上で今後は「生産性や業務への直接的な影響をどのように測るか」「そもそも短期的なKPIを何と定めるべきか」というのが、課題になり得ると考えています。
ワーケーションは社員のエンゲージメントを高める効果はありますし、中長期的に見た際に社員の成長にも繋がるものであることは間違いありません。

一方で短期的に見ると、ワーケーションは移動や宿泊の手間もあり、普段の仕事に打ち込む時間そのものは減りやすいです。地域との交流の時間をプログラムに設けると、さらに仕事時間は減ります。 「ワーケーションでリフレッシュしながら、仕事をすれば短期的に見ても生産性が上がる」というのは、生産性の面で見ると、担当者によってかなり見解が分かれる点だと思います。 ワーケーションプログラムにとっての「短期的なKPI」は何がベストか、というのは私どもも模索している最中です。

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富良野ワーケーションの様子(リコー提供)

ワーケーションで変わるマネージャーの仕事

— 「ワーケーション」には短期的なKPIの設定の難しさがあるという場合、現場のマネージャー層から施策への理解を得るのが難しい面もありそうです。

鶴井:ワーケーションを社内で働き方として根付かせるためには、制度設計や運用だけでなく、マネージャー層の理解と協力が欠かせないというのは間違いありません。

マネージャー層の理解が進んでいない場合、部下がワーケーションを希望しても許可が下りないケースもあります。たとえば若手社員向け富良野ワーケーションを実施した際、参加を希望する社員には「上司の了解を得ること」を応募条件として定めました。すると上司からワーケーションプログラムへの参加の許可が出ず、応募自体が出来なかったという社員が居たらしいのです。人事から見える数字は実際の応募数だけなので「応募自体が出来なかった」社員の多さは、後から社内でヒアリングするうちに見えてきた実態で、私にとって大きな驚きでもありました。

— マネージャー層が部下のワーケーションプログラム参加を止める理由は何なのでしょう?

鶴井:「いまは部署全体で、仕事が本当に忙しいから参加はやめてほしい」という真っ当な理由での不許可のケースがまず多かったようです。これ自体は仕方がないことです。

「一方で「3泊4日も富良野に遊びに行くのか」という趣旨のことを上司から言われ、参加をしり込みしてしまった若手もいるようです。これはマネージャーの理解力の無さによって、若手が成長機会を奪われたことを意味します。本当に残念なことです。ワーケーションは「遊び」ではありません。

マネージャーが果たすべき役割

– 若手にとってはワーケーションが大きな成長のきっかけになるかもしれないのに、マネージャーのマインドが原因で、その機会が奪われるのは本当にもったいないですよね。

鶴井:ワーケーションは全員に適した働き方ではありません。家庭の事情や仕事の状況、個人の価値観によっては難しい社員もいます。
しかし、興味を持つ社員には挑戦の機会を提供し、マネージャーにはその背中を押す役割が期待されます。

富良野で実施したワーケーションに参加できた若手社員からは「マネージャーが積極的に推奨してくれたおかげで参加できた」という声も聞かれました。マネージャーの理解度と若手の成長を後押しする姿勢が、ワーケーションの成否を大きく左右することも明らかです。

– マネージャーはワーケーション制度を、若手の成長のためにどう使いこなすべきなのでしょう?

鶴井:マネージャーはワーケーションをただ許可するだけでなく、部下がその期間を有意義に過ごせるようサポートすることが大切です。
たとえば部下が「この期間にワーケーションに行きたい」と言ったときに、「今回、ワーケーションに行く目的は何か」「その期間中、仕事の計画はどうするのか」をちゃんと確認して目標設計を促すことが大事です。

マネージャーが「なぜそのワーケーションに行きたいのか」「ワーケーションに対して何を期待しているのか」を対話を通じて確認することで、その期間が単なるワーク+バケーションではなく成長の機会として機能するようになります。
「なんでもかんでも行っていいよ」という安易な承認ではなく、目的意識を持ったワーケーションが実現するように部下をサポートするのがマネージャーの仕事の一つだと言えるのではないでしょうか。

もっともマネージャー層が「ワーケーション制度を活用した部下の成長の後押し」をするには、マネージャー自身がワーケーションを体験することも大切です。そのため2022年からは、マネージャー層がワーケーションプログラムに参加できる機会を増やすために、和歌山県の白浜町や上富田町でのツアーの企画や実践にも注力しています。
マネージャーが行くことによって、ワーケーションの良さや悪さを「ワーケーションに行きたい」という部下にちゃんと伝えてくれるでしょう。2022年以降に、マネージャー向けワーケーションに参加した社員からはポジティブな感想を多く貰っています。

マネージャー向けワーケーションに参加した社員の感想(一部抜粋):実際に行ってみるまで、自分がワーケーションを誤解していたことに気づきました。ワーク+バケーションだから「ワーケーションにバケーションが含まれる」ことに最初は非常に心理的に抵抗がありました。しかし普段の世界を離れて新しいことを知ることで、人間として成長できる機会になりました。また意外と自分がいなくても、チームメンバーが穴を埋めるように各自努力してくれることに良い意味で驚きがありました。「普段から色々やり過ぎているのではないか」「余計な会議や残業をし過ぎていないか」など、振り返る機会にもなりました。

マネージャー向けワーケーションに参加した社員の感想(一部抜粋):今後はワーケーションを部署で推奨したいし、実施できる可能性も十分あると思いました。メンバー個々に推奨するのはもちろん、メンバー間でコミュニケーションをとって新しい企画を立てる際など「集中して議論が必要な場面」で、メンバーみんなで行くような企画で開催したいです。「場所を変え、集中しよう」というだけだと合宿とかわらないので、アクティビティや体験プログラムと組み合わせてより効果が上がる内容を練り上げたいです。

こうした伝達が何回も繰り返されることによって、社内でワーケーション制度への理解は様々な形で広がっていくでしょう。その理解度をベースに制度設計や情報共有をどんどん改善していくことで、会社全体としても次のステップに向かっていけると思います。

– 最後にワーケーション制度を整備・運用したいと考えている企業の方に向け、リコーでの経験を踏まえてアドバイスをお願いします。

鶴井:社内でワーケーション制度を整備して、きちんと運用をしていくためには2つの大事なポイントがあると思います。

1つは「社内のマネージャー層の理解を得ること」です。そのためには先行してワーケーション制度を整備している様々な会社の方からお話を聞きながら、自社でも制度を導入し、社内と粘り強く対話をすることが大切だと思います。テスト的なプログラムでもかまわないので、マネージャー層自らがワーケーションに参加できる機会を作るのも良いでしょう。

2つ目は「社員の自律性を信じること」です。部下をワーケーションへと送り出すマネージャーは、部下が制度を上手に使えるように目標設計を上手に手伝いながらも、その部下の自律性を信じて託すマインドも大切です。

リコーには人事部が細かく主導しなくとも、自律的に行動し、もっと働く環境を良くしようと動いてくれる社員が大勢いることを私は知っています。私はその素晴らしさをコロナの時期の在宅ワークへの移行の時に、ありありと体験しました。「オンラインでも毎日、朝礼はしよう」「オフィスでお喋りするのと同じように、雑談ミーティングの時間をリモートで設けよう」と自律的にリモート文化が社内で出来上がっていったのです。
そうした社員たちが持っているマインドとワーケーションという働き方がマッチしたことで、制度への理解が少しずつ深まってきているのだと実感しています。だからこそ今後も自律的に働くリコーの社員に対し、働き方の選択肢の1つであるワーケーションの良さをさらに広めていけるよう、尽力していきたいです。

リコーのチャレンジについて

リコーでは、意欲ある社員を後押しする制度、仕組み、環境を整え、社員がイキイキと働ける組織・風土づくりを推進しています。リコー公式サイトでは働き方の変化や社員のチャレンジなど、最新の活動をご紹介しています。今回のインタビューとセットで、ぜひご覧ください。    

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