日本初のコワーキング『カフーツ』主宰に聞く「ノマドの時代」「コロナの時代」以降のコワーキングの役割

日本初のコワーキングスペース『カフーツ』を2010年にオープンした伊藤 富雄さん(経済産業省認可法人『コワーキング協同組合』代表理事)にインタビューを行いました

コワーキングスペースに対して「キラキラ系のノマドワーカーやフリーランスがカタカタとプログラミングをしているところ」というイメージをお持ちの方もいるのでは? またコワーキング=コロナの時期に話題になった、働くスポットという印象をお持ちの方もいるでしょう。
この2つのイメージは、いずれも「ちょっと古い時代のもの」なのが特徴的。ノマドワーカーが流行したのは2010年代前半。そしてコロナに関して言えば、いまは既にアフターコロナです。

つまり、意外にもコワーキングスペースは「ノマドの時代」→「コロナの時代」という大きなトレンドに次ぐ、新しい社会的役割が見つかっていない空間かもしれません。

この現状についてコワーキングスペースの第一人者の方はどのように考えているのでしょうか。

今回は日本初のコワーキングスペース『カフーツ』を2010年にオープンした伊藤 富雄さん(経済産業省認可法人『コワーキング協同組合』代表理事)にインタビュー。

コワーキングスペースは「これからどうなるのか」色々と話を聞いてみました!
 
 (25760)
伊藤 富雄さん プロフィール

経済産業省認可法人「コワーキング協同組合」代表理事。日本初のコワーキング「カフーツ〜コワーキング@神戸」 主宰。コワーキング開業運営プロデューサー&メンター&コーチ。「コワーキングマネージャー養成講座@オンライン」主宰。コワーキングを含む各種ウェブメディア企画、制作、執筆、翻訳、編集。
 
 

日本初のコワーキング「カフーツ」開業からコロナまで

– 伊藤さんは2010年、日本で最初のコワーキングスペース『カフーツ』を開いています。そこでまずカフーツの開業前夜から今日に至るまでの大まかなコワーキングスペースの歴史を編集部でまとめてみました。
 
 (25767)
伊藤 :コワーキングの歴史的出来事がたくさん書かれていますね(笑)。2010年にカフーツを開いてから、その前の準備期間を含めると15年ほどが経ちます。コワーキングの社会での役割も変わってきました。

– 直近で一番大きな出来事はまずコロナです。また衝撃的な『WeWork』の経営破綻も見逃せません。そしていまはコワーキングの将来性が見えづらくなっている気がします。伊藤さんは「ノマド」→「コロナ」の次に来るコワーキングの大きな役割やトレンドって何だと思いますか?

伊藤 :その点についてお答えするには、まず「コロナ禍でのコワーキングスペース」について語る必要があると思うんですね。
 
コロナ禍でコワーキングスペースは「勤務先」でも「自宅」でもないリモートワーク向けのスペースとして注目されました。ですが「コロナ禍でコワーキングスペースに沢山人が集まったか」と言えばそうではないんです。

あの時期に潰れたコワーキングスペースは世界中にたくさんありますし、カフーツもわずか12席しかありませんから「これは無理だ」と思って2年ほどクローズしました。

– 先に名前を出した『WeWork』も、この時期は苦しかったようですね。2019年末から人員削減に動いていたところに、さらにコロナがやってくるというダブルパンチの状況だったと一部で報じられています。

伊藤 :当たり前ですが、コワーキングスペースに行くにも外出が必要なので、やはり当時のような社会情勢だとそもそも人が来ない。それにコワーキングスペースは「コミュニティあってこそのもの」なんです。パソコンに向かってカタカタ、黙々と作業をするだけの場所じゃない。
だからコワーキングがいくらリモートワークに向いているとは言っても、実際にはコロナの時期は苦しかったです。
リモートワークが働き方として定着しつつ、なおかつコワーキングスペースにも人が戻ってくるようになったのは2022年頃~というのが個人的な肌感覚です。
 
 

コロナ以降に見えてきたコワーキングスペースの未来とは?

伊藤 :2010年にカフーツを開き、14年余が経ちました(※2024年時点)。その間に考えてきたコワーキングを起点としたコミュニティの在り方をまとめたものが「コワーキング曼荼羅」です。
 
 (25777)
「学び」や「仕事」「飲食」「シェアリングエコノミー」など色々なコミュニティの在り方がありますが、そうした人と人との交流が機能しないならコワーキングスペースの魅力は半減すると思ってます。

だからこそコミュニティが再活性化してきて、なおかつ多くの方がリモートワークを経験したアフターコロナの今は面白いタイミングだとも思いますね。

2010年頃、2020年頃とはまた社会的な位置づけが変わってきて、カツドウ(仕事に限りません)を進めるためのハブ、インフラ、もしくはコモンズとしての役割を「コワーキングスペース」が担うという未来が見えてきています。
 
 

日本初のコワーキング「カフーツ」オープン秘話

– コワーキングの「パソコンに向かってカタカタ作業」というイメージは、カフーツがオープンした2010年頃のノマドワークのブームによって生まれた印象があります。「IT系のキラキラな起業家などが働く場所」と考える方は多いのではないでしょうか。

伊藤 :そうした用途はコワーキングスペースの「働」の部分にだけフォーカスしたものですね。本当はもっと多様な用途がありますし、2010年にカフーツを開いた際、利用してくださった方々は必ずしもキラキラ系ではなかったですよ(笑)
 
 (25784)

初期の頃のカフーツの様子(伊藤さん提供)

– 日本初のコワーキング『カフーツ』はそもそもどのような人に向け、開いた場所だったのでしょうか?

伊藤 :カフーツには前身となったコミュニティがあります。そのコミュニティは私が2007年頃からやっていたEC関連の勉強会で、最初のうちは私が専門性の高いトピックをひたすら話すセミナー形式のものでした。
 
 (25787)

初期の頃のカフーツでの勉強会の様子(伊藤さん提供)

ですがあるとき、ふと思い立って参加者の一人を指さして発言を促してみたんです。そしたら、彼のほうが私の話よりうんと面白い体験談を披露してくれて、他の参加者にも大いにウケたんです(笑)。

その経験によって、勉強会に参加する人のインサイトは一般論を聞くことじゃなくて、それが個人的な体験でも構わないからより深い話を聞いたり、話したり、アドバイスを具体的に貰うことにあるのだと気付いたんです。

そのインサイトを捉えるような内容に勉強会自体をシフトさせていったら、コミュニティがどんどん活性化していきました。
 
 (25790)

初期の頃のカフーツの様子(伊藤さん提供)

そうして2年が経った2009年頃、ある参加者が「伊藤さん、面白いことを考え付いた。この勉強会のメンバーが普段からオープンに利用できるスペースを作ったらどうだろう。ふらっとその場所に行ったら誰かがそこに居て、話したり、一緒に勉強したり、仕事ができたら楽しいじゃないか」と言い出した。

最初はスルーしたんです。だってその場所を借りる費用が掛かるじゃないですか(笑)

– (笑)

伊藤 :ところが、しばらくしたら全く別の人からも同じ内容の提案を受けたんです。そうして同じようにスルーしていたら、またある日、別の人から「伊藤さん、面白いことを思いついたんだけど……」と(笑)。

これはもう「スペースをやれ」という啓示だなと思いました。ですが何分、自分にはそういうスペースをやるための知識がない。自分が知る限り、そもそも似たようなスペースすら国内に全然無い。

そうして困っていたところ、とある海外サイトをチェックしていたら、あるサイトの「coworking」という言葉が目に入ってきました。それはシアトルのコワーキングスペース『Office Nomads』のサイトで、トップページにビデオが貼ってありました。

そのビデオを再生してみると、まさに今の我々がやっているような「コワーキング」の姿が映し出されていました。さらにそこからコワーキングのWikiのページにリンクが張ってあり、有り難いことにそこで世界中のコワーキング情報が閲覧できました。それで、これだ、と。

– おお!

伊藤 :この「coworking」という言葉の意味や、事例を調べてみるとこれがめっぽう面白くて、しかも自分がやろうとしていることにこれ以上なく近い。一方、日本にはまだ「coworking」スポットも無ければ、そもそも概念自体が存在していませんでした。

ただ、後のコワーキングに繋がるような「新しい考え方の芽」のようなものは出ていて。たとえばITジャーナリストの佐々木俊尚さんが執筆された『仕事するのにオフィスはいらない - ノマドワーキングのすすめ』(2009年)はその一例です。
 
この書籍はノマドワークを前提とした、スマートフォンやITクラウドの活用術などについて書かれた本なのですが、そもそもの発想がリモートワークに近い。「仕事をするのにオフィスはいらない」と言っているくらいですからね。

またダニエル・ピンクさんの『フリーエージェント社会の到来』という本から受けた刺激も大きいです。この本は個々に得意とする仕事領域を持つフリーのワーカーが、チームを組んでひとつの案件に取り組む働き方の時代が来ることを予言したものです。この中にはコワーキングという言葉は出てきませんが、述べられていることはまさに「coworking」でした。
 
 (25796)
こうした本の存在もあって、新しいワークスタイルがいずれ日本でもはじまるなという予感がありました。何よりそういったスポットを作り、そこで自分自身が働いたり、勉強会を開いたりしたらどんなに楽しいだろうと思ったんですよ。
それでカフーツを神戸に作ることを決めたんです。

翌年以後はどんどん各地にコワーキングスペースが広まっていきましたし、首都圏では東日本大震災(2011年)でオフィス難民となった方が集ったり、その動きに呼応するように各地のコワーキングスペースが機能しはじめました。

– コワーキングスペースが魅力的な場所として機能する前提には「コミュニティ」があるというのを強く感じさせられるエピソードですね

伊藤 :もちろん「起業家」「ノマドワーカー」が一人で集中し、ひたすらパソコンをカタカタするコワーキングスペースがあってもいいんです。

ですが単にカタカタするだけで交流が生まれない場だったら、きっとその起業家もノマドワーカーも、早々にコワーキングスペースに来なくなるんじゃないですかね。

そうしたコワーキングスペースには、少なくとも私は可能性を感じないです。コワーキング曼荼羅に表されるさまざまな目的や課題を持った利用者を受け入れ、必要に応じて利用者同士が繋がっていくことこそが大事です。大事なのはハコではなく、ヒト、それとコト、つまりコミュニティです。
 
 

アフターコロナにおけるコワーキングスペースの役割:コワーキングはこれからどうなる?

– 改めて冒頭でもご質問した「ノマドワークのブーム」→「コロナ」の次に来るコワーキングスペースの大きな役割やトレンドについて詳しく聞かせてください

伊藤 :コワーキングスペースがこれからどうなるかと言えば、人と人をつなぐハブ、インフラ、もしくはコモンズとしての役割を担うであろうというのは先にお伝えした通りです。
ではコワーキングスペースが担う「ハブ」や「インフラ」「コモンズ」機能とは何か、というと以下の2点から考える必要があります。

・企業の視点
・ローカルの視点

まず企業の視点から言えば、社員にとっての「オフィスに変わる存在」です。
日本ではアフターコロナでの出社回帰がよく話題となりますが、アメリカではむしろオフィスの空室率が問題になっています。全米では18.2%が空室で、サンフランシスコではなんと36%のテナントが空室です。

私はアフターコロナでの出社回帰は良くも悪くもコロナの時期の反動に過ぎず、遅かれ早かれアメリカと同じトレンドが日本に上陸するであろうと思っています。つまりリモートワーク中心の働き方で十分で、だだっ広いオフィスは要らないことを再認識する企業が増えてくるはずです。企業規模にもよりますが、脱オフィスをするだけで億単位の節約になる企業だって多いでしょう。

– なるほど

伊藤 :とはいえ脱オフィスをしたところで、社員が集える場所自体はこれはこれで必要です。毎日8時間・週5日集う必要はなくとも、たまには集えた方が良いし、在宅ワーク「だけ」で仕事をするのはやっぱり難しいものです。
 
 (25803)

コクヨのオウンドメディア「在宅百貨」が2021年に行ったアンケート。在宅ワークは会社と比べて仕事がはかどらないという回答が6割以上を占めています。

よく日本では「日本の住宅の狭さでは在宅ワークなんてできない!」と言われがちですが、実は海外でも事情は変わらないです。ドラマに出てくるようなでかい書斎がある家ばかりじゃない(笑)。
だから海外ではコワーキングスペースへの注目度は高いです。そして脱オフィス後の「社員の受け皿」にコワーキングスペースがなる可能性はとても高いですし、海外ではそれを見越した動きが既に出ている。その流れは日本に遅かれ早かれ上陸すると思っています。
 
 

ローカル地域でコワーキングスペースは成り立つのか?

– もう1つの「ローカルの視点」についても教えてください。

伊藤 :いまのコワーキングスペースは大都市圏にあるケースが多いです。しかし今後は、徐々に郊外型で生活圏内のコワーキングが増えてくると考えています。
会社のオフィスを代替する社員の受け皿にコワーキングスペースがなるならば「拠点そのものが社員それぞれの生活圏内に分散していて、業務はリモートワーク中心に進む」のが合理的だと思います。
たとえば海外ではショッピングモールや図書館、教会などにもコワーキングが開設される例が続いています。日本でも大学や高校、あるいは廃校、空き家・空き店舗の再利活用が進むと思います。

– 席数が少ない小さめのコワーキングが様々な地域に点在するイメージですね。しかし小規模な市区町村や地方のスペースは、足を運ぶとガラガラなことが多いです。運営が成り立つのか疑問もあります……。

伊藤 :小さなコワーキングでは席数が30席も無いようなところが沢山あります。その席が1時間いくらで、30席がフルに埋まったら1日いくらの売上なのかと考えると月の最大売上が簡単に見えてしまいますね。
1日8時間オープンするとして、8時間フルに席が埋まり続けることはあり得ないので「時間貸しビジネス」のようにコワーキングを捉えると夢が無いです。

しかしコワーキングを「コミュニティ」として捉えると、全く話が変わります。
たとえば地方の席数が少ないコワーキングであっても、得意分野を持つワーカーを組織化してチームを作り、クライアント企業のバックオフィス業務を請け負ったり、開発案件を受託したりすることで、大きな売り上げを出している事例もあります。つまり、コワーキング自体も「稼ぐ共同体」になるということです。

またコワーキングを主婦(主夫)の方を対象として運営し、施設に託児所機能を持たせるのも一案です。実際にキッチンと託児所付きのコワーキングは増えてきていて、クラウドソーシングのお仕事などをされている方同士の交流の場として賑わっているケースもあります。先のコワーキング曼荼羅はそうした属性の異なる利用者が交差することも表しており、その仲介の立場(ハブ)としてスペースが収益を得ることは十分可能です。

このように段々と「大都市圏で起業家がプログラミングをする場所としてのコワーキング」から移り変わり、今後は「小さめのコワーキングが生活圏内に点在し、相互に連携する」時代に突入していくはずです。つまり、コワーキングスペース自体もコラボを組むということですね。

「リモートワークに向く時間貸しの作業スペース」としてコワーキングを捉えると、小さめのコワーキングは成り立たない場合がほとんどです。
今後のコワーキングには「ノマドの時代」「コロナの時代」に比べ、はるかにコミュニティ性が求められるようになるでしょう。
コワーキングスペースというハコそのものが真新しかった時代はこの15年でもう終わり、次の時代が始まっています。
 

『カフーツ』主宰・伊藤 富雄さんからのお知らせ

 (26041)

【「コワーキング曼荼羅に学ぶローカルコワーキング基本のキ」受講者募集中】

 
この講座は、自分たちにコワーキングが必要と考える人たち、そして、コワーキングを利用するコワーカーのカツドウを支援したいと考える人たちを対象にした講座です。

自分たちのローカルコワーキングの開設・運営をお考えの方は、ぜひ、このサイトをチェックください。
 

RELATED ARTICLES関連記事