石黒浩さん
1963年滋賀県生まれ。ロボット学者/大阪大学教授/大阪大学大学院基礎工学研究科システム創成専攻(栄誉教授)/ATR石黒浩特別研究所客員所長(ATRフェロー)。遠隔操作ロボットや知能ロボットの研究開発に従事。人間酷似型ロボット(アンドロイド)研究の第一人者。著書に『ロボットとは何か』『ロボットは涙を流すか』など多数。
出張がなくなり、研究室や自宅で過ごすことが増えた
「それまではほとんどが出張で不在にすることも多かったのですが、コロナ以降は以前より研究室に顔を出すようになりました。研究室も個室なので、自宅か研究室のどちらかで仕事をすることが多いですね。撮影がある場合はスタジオに出向いたり、コアな関係者の方には会って説明することもありますが、直接相手と顔を合わせることができなくなったことで、リアリティーが足りないと感じたり、大きな決断を1回の打ち合わせですることが難しくなりました。2021年6月からは会社も立ち上げ、そちらにも状況に応じ出来るだけ出社したいと思っているのですが……。会社においては、相手の顔を見ることが重要だと思いますね。バーチャルだけでは一体感も出ませんし、人と人とのつながりがなかなか感じられませんから」
「オンラインミーティングだけでは、なかなか人間同士の強固な関係性は作ることができません。私は、対面しなければ人間のやる気やモチベーションを上げることは難しいと考えています。人間は相手との関係性において、距離感・匂い・視線・態度など様々な経路で通信しています。例えば対面であれば視線のズレによって見抜ける『この人は嘘をついている』といったことも、オンラインミーティングではわかりにくくなり、嘘がバレにくくなりますよ」
私たち同様、在宅ワーク中心となったことによるそうした課題を実感しつつ、アンドロイドロボットを通じて「人間とは何か」を研究し「人の存在感」について詳しい石黒さんならではの、オンラインでも一体感を感じるための方法があると教えてくれました。
「普段研究室の学生や会社の社員とは、Zoomなどで相手の顔を見ながら話すのではなく、バーチャルリアリティーのソフトを使用しています。Zoomなどは音声のみの使用とし、アバターを画面上に表示させてそれを見ながらアバター同士が会話しているようにオンラインミーティングをすることで、不思議と相手の顔を見ながら行うよりも話しやすくなります」
取材中、記者と編集者・石黒さんの3人でアバターを使用し会話をしてみると、本人の表情や動きとは全く異なるアバター同士の会話にも関わらず、なぜか一体感が感じられ親近感がわき、少し仲良くなれた気がしたので納得です。さらに私たちがマネできそうな「在宅ワークでもできるコミュニケーション方法」を聞いてみると……
また、「人の印象」などについて研究することの多い石黒さんだからこそ気づいた、オンラインミーティングで印象を良くするポイントについても教えてくれました。
「画面では人によって画面に映る顔の大きさが異なりますよね?これも実際に会っている時と画面上に映る姿はかなり印象が異なります。あまりにもアップすぎると、その圧迫感が不快感を生むこともあります。なのでオンラインミーティングではサイズ感を意識して、自分の顔の大きさはコントロールしたほうがいいと思いますよ」
このように、私たち各々がオンライン上でのコミュニケーションをより良いものにするための工夫が必要な状況ではありますが、コロナ以降、オンラインミーティングが世の中的にスタンダードになったことで石黒さんにとってはよかったこともあるのだそう。
「私はコロナ前も出張先から研究室の学生とコミュニケーションをするためにオンラインのやり取りをすることが多くありました。以前はオンラインでのやり取りに対して抵抗感があったり、『やり方がわからない』という人も多かったのですが、コロナ以降はほとんどの人が抵抗感なくできるようになったのは大きな変化ですね。以前は印刷して持参してもらって対面で話さなければならなかったのが、オンラインで資料を共有しながら遠隔で会議をすることができるようになったりと、事務的な効率は上がったと思います。移動していた時間も仕事の時間に使えるようになったので、時間に追われている感じもなくなりましたね」
移動が減った分、モニターの映像で脳への刺激を補完
仕事中でも少し目を動かすとすぐそこに自然が見えるよう
バランスボールのような座面の動きがお気に入りポイント
「よくできているんですよ、バランスボールみたいな動きが腰の運動になりますね。さらにデスクもコクヨ製の高さを変えられるものを使用していて、オンラインミーティングの時にはスタンディングデスクにすることが多いです。会議中私はどうしてもうろうろするクセがあって、だけどスタンディングデスクにしておけば,狭い範囲ですけどうろうろできます(笑)」
在宅ワークで凝り固まりがちな腰回りをほぐすのに椅子とデスクの工夫をしている石黒さん。移動は好きだけど、仕事をする環境が変わるのはあまり好きではないということで、研究室も自宅も同じアイテムで揃えるのがこだわりです。
「仕事が趣味みたいなものです」
在宅ワークになり、アイデアは意外なタイミングで思いつくように……
「出張が多かった時は飛行機や電車の中で、場所が変わることによる刺激に脳が反応してアイデアが浮かぶことが多かったのですが、最近は移動が減ってしまったのでYouTubeなどで旅行に行った気分になれる映像を、部屋に設置した50インチのモニタに映したりしていますね。もちろん、本当に自分が移動しているのと比べると圧倒的に足りないのですが、それでも自分ではコントロールできない外部からの刺激が一番良いと思っています。アイデアというものは自分でコントロールしてもなかなか引き出せないものです。予測不能な刺激が必然的に入ってくるのがいいんですよ」
また、意外なタイミングでアイデアが浮かぶことも……
「風呂上がりに髪を乾かしている時ですね。髪乾かすのって面倒じゃないですか?髪を乾かしながら、『この無意味な時間をどうやって過ごそうか』と脳が考えている時って意外とアイデアが出てくることが多いんです」
そうして頭に浮かんだアイデアは手書きでノートに書き留めているといいます。「脳と手は連動しているので、頭の中のイメージを外に出すには一旦紙に書いてからPowerPointなどに書き写すのが良い」とのことで、常にA5サイズのソフトリングの5㎜方眼ノートを持ち歩いており、髪を乾かしている時に浮かんだアイデアから生まれたロボットも何体もいるというからすごい!石黒さんが愛用しているアナログなアイテムは紙のノートだけではなく……
手元で簡単な気分転換ができてちょうどよいそう
最後に石黒さんにこれからの理想の「在宅ワーク」の環境を聞いてみると、
「以前の対面でのコミュニケーションと、現在のオンラインでのコミュニケーションをハイブリッドで行うことでしょうね。私たちはコロナ禍を経て、対面・電話・オンラインを使い分けることができるようになりました。たとえば電話なら緊急なのかな?と思うし、チャットはすぐに返信するけれどメールなら少し時間が経ってから返信しても良いですよね。時間感覚に応じて複数の方法を使いこなすことができるようになったので、今後は状況に応じてさらにハイブリッドにそうしたツールを使いこなすことができるようになるのが理想ではないでしょうか。コロナをきっかけに私たちは進化できる自分達の可能性に気づくことができたと思います。そのメリットは残るでしょうね」