「デジタルノマド」ビザの導入で日本のワーケーションはどう変わる?田中敦教授に聞いてみた

2024年4月から始まった「デジタルノマドビザ」。これにより、日本のワーケーションはどう変化するのでしょうか。デジタルノマド研究の第一人者である田中敦教授にインタビューしました。

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従来のワーケーションは「都心で働くビジネスパーソンが、地方に足を延ばし、滞在しながら働くもの」という色合いが強いものでした。
そんなワーケーションのあり方が、2024年4月から大きく変わるかもしれません。その要因は、4月から運用が開始された「デジタルノマドビザ」。主に年収1000万円以上の外国人を対象に、観光ビザを大きく超える180日間のビザを与えるものです。
つまり「大勢の海外のハイクラス層」が、日本でワーケーションを行うこととなるのです。 とはいえ、まだまだ「デジタルノマドが日本に沢山やってくる」ということに実感を持てずにいる方も多いでしょう。

そもそもあまりに聞き覚えがない単語で「デジタルノマドって何?カフェで働くブロガーなどのノマドワーカーと何が違うの?」と思う方もいるのでは。
そこで在宅百貨のメンバー、シロが山梨大学教授でワーケーションやデジタルノマド研究の第一人者、「デジタルノマド&ワーケーションラボ」の代表である田中敦教授にインタビュー。
田中教授は、自民党のワーケーション推進議員連盟でワーケーションの有識者として制度整備にも携わっています。

そんな田中教授に「そもそもデジタルノマドって何?」という初歩中の初歩から、「デジタルノマドが始まると日本のワーケーションはどう変わるの?」という点まで、色々と聞いてみました!
 
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山梨大学生命環境学部地域社会システム学科 教授
デジタルノマド&ワーケーションラボ代表
JTB総合研究主席研究員等を経て、2016年山梨大学観光政策科学特別コース新設を機に現職に転進。ワーケーション研究の第一人者として政府関係の委員や民間企業のアドバイザー、地域のコンサルティングにも従事。これまで訪問した国は50ケ国以上。テレワーク・ワーケーション官民推進協議会(観光庁・総務省)運営委員

インタビュアー:シロ(在宅百貨)
 
 

そもそも「デジタルノマド」って何?カフェで働くノマドワーカーと何が違う?

– 「ノマドワーカー」という言葉を聞いたことがあっても、「デジタルノマド」は初耳と言う読者の方もいると思います。いわゆるアフィリエイターやブロガーのイメージが強い「ノマド」とデジタルノマドはどう違うのでしょう?

田中:ノマドワークというと、ノマドという言葉の通り「遊牧民」のように働く場所を変える働き方です。カフェで働くフリーランサーをイメージする方が多いのではないでしょうか。
ここでポイントとなるのが、ノマドワーカーというと意外と明確な定義がないことです。たとえば「年間●●日間以上、オフィスや自宅以外で働いている人がノマドワーカー」という定義はあまりないですよね。

– たしかにそうですね。たとえばPCを使っていなくとも、カフェで紙とボールペンで翻訳仕事をする方も、広義のノマドワーカーだと思います。

田中:一方で「デジタルノマド」についてはビザの要件が明示されました。端的に言えば「国境を超えてIT技術を活用して仕事をされる方」「海外企業から年収1000万円以上を目安とする報酬を受けながら日本で仕事をしている」ことが要件です。

参考:出入国在留管理庁

こうしたデジタルノマドの方々に対し、6カ月の在留資格を認めるのがデジタルノマドビザです。デジタルノマドビザは現行の90日間の観光ビザの倍の期間、日本に滞在可能で、家族の滞在も許可されます。

つまり「日本人のノマド向けの制度」ではなく「訪日外国人の方に向けた制度」ですね。デジタルノマドはかなり大きなプロジェクトで、内閣官房、内閣府、デジタル庁、法務省、総務省、財務省、厚生労働省、観光庁、外務省から構成される省庁横断チームが担当する形で、運用開始に向けた整備が行われました。実は私も有識者の一人として、議連の会議などに出席しています。


田中:実際にデジタルノマドビザが発行されるようになると「Corporate Nomadと呼ばれる海外のIT企業でフルタイムで雇用されて働いている方」などがかなり来日されると思います。
海外では働く場所や時間などフレキシビリティの高い働き方がかなり進んでいます。特に、最近の傾向としてデジタルノマドを実践している人はフリーランサーや経営者ばかりではなく正社員も非常に多いんです。
日本ではテレワークやワーケーション、在宅勤務が「コロナの時期の緊急避難的なもの」というイメージが強いですが、海外では全く事情が異なるのは面白い点です。
 
 

デジタルノマドは「ワーケーション+インバウンド」

– つまりデジタルノマドは、それらの層の方々にビザを発行し、日本の各地方に来ていただこうという試みだと言えますか?

田中:いわば「ワーケーション+インバウンド」の試みですね。
繰り返しですが、日本ではワーケーションは「一時的なブーム」のような扱いをされている側面があります。そして先ほど「ノマドワーカーの定義が曖昧」と言いましたが、ワーケーションも十人いれば十通りの解釈があって、曖昧なものになってしまっているのが現状だと思います。
一方で海外では既に50ケ国以上でデジタルノマドビザが導入されており、法整備も進んでいて、ハイクラス層の働き方として定着してきています。たとえばお隣の韓国でも2024年1月からデジタルノマドビザが導入されています。
 
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中南米、カリブ、ヨーロッパ、アジア、中東アフリカなど各地域のデジタルノマドビザへの対応状況一覧。たとえばお隣の韓国では、2年間のデジタルノマドの発行に対応しています(図版は在宅百貨編集部作成)

田中:日本は「デジタルノマド」に関しては、まだまだ後進国と言って差支えないと思います。ただワーケーションなどと比べ、定義が明確化されてきているのは大きく、ビザもいよいよ発行され国の後押しもあるので大きな成長が期待される分野です。
 
 

十人いれば十人分の定義ができてしまった「ワーケーション」への反省

– さきほどから幾度か「ワーケーションの定義が曖昧」というお話が出ています。そのあたりをもう少し詳しく聞かせてていただけますか?

田中:在宅百貨のシロさんとしてはどうですか?たとえば会社の上司や同僚から「ワーケーションに取り組む意味って何?」と質問されたら、どう答えますか?

– 意外と難しい質問ですね……。僕もワーケーションの取材で各地を訪問していますが、取り組む意味と言われるとワーケーションを「研修として導入する前提なのか」「社員が個人でやる前提なのか」でも大きく違いますし……。仮に「研修」であれば、企業にとっては「普段と異なる環境で過ごすことで議論もメンバーの絆も深まる」といったところでしょうか。

田中:観光庁による定義をベースにすると「研修」だとしたら「業務型」の中でも「合宿型」に近いです。
 
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ワーケーションの分類(図版は観光庁作成資料をもとに在宅百貨編集部作成)

田中:そして、ワーケーションには他にも様々な分類や定義があります。そして「定義や解釈が人それぞれ全然違う」という状況が生まれてしまうといざ「ワーケーションの意味は何だっけ。どんな成果が出ているの?」と聞かれた時には、成果を振り返ることもしづらいです。

成果を振り返りづらいので「ワーケーションの価値や意義」も中々言語化しづらく、結果として効果が曖昧となり「一時的なブーム」のような扱いになりがちなのだと思います。
ワーケーションがコロナの時期限定の働き方のようなイメージで広まってしまったのは、非常にもったいないと思います。

– 当メディア「在宅百貨」もテレワークやワーケーションについて発信するメディアとして、伝え方などに反省すべき点があったかもしれないと感じる点があります……。
 
 

「デジタルノマドビザ」導入で日本のワーケーションはどう変わる?

– 「デジタルノマドビザ」が導入されると、日本のワーケーションはどう変わるのでしょう?

田中:その地域に関わる「関係人口」の質が変わると思います。たとえば福岡市はデジタルノマドの誘致に早くから取り組んでいる地域の1つで、既にヨーロッパなどから実際にIT人材の方が福岡を訪れ、ソフトウェア開発などを行っています。

参考:NHK福岡

福岡は、実は韓国や台湾との距離も近い地域なんですよね。福岡の方とお話しすると「今日は韓国料理を食べたいから、韓国に行こう!」という軽いノリで、韓国に気軽に行くそうです。たしかに、韓国と福岡は意外と近いですよね(福岡・東京間880kmに対し、福岡・ソウル間は540km)。東京の人が思う以上に、福岡の人にとっては他の東アジアの国が近いのでしょう。

逆に言えば韓国や台湾などから見ても、福岡はデジタルノマドが訪れやすい地域です。ビザが整備されれば、東アジアや東南アジアのデジタルノマドが福岡に気軽に集って滞在し、それぞれ仕事をしてくれるのではないかと期待しています。

– これまでも韓国や台湾の方は、多く訪日していると思います。ですが確かに「日本でワーケーションをしているのか」と言えばよく分からないところがありましたね。ビザの整備でそうした事情が変わりそうです。

田中:「福岡はデジタルノマドの受け入れに積極的だ」「日本はデジタルノマドビザも発行している」となれば、中期的に滞在する前提で訪日する外国人の方が増えるでしょう。さらに福岡市は外国人の創業を促進するために国家戦略特区に指定されていおり、「スタートアップビザ(外国人創業活動促進事業)」などの制度が特例的に認められていて、手厚いサポートも受けられます。 中期的に滞在した街には思い入れが湧きますから、ビザが切れて帰国した後も、再来日時にはまた福岡を選ぶといったリピートも期待できます。

もちろん福岡以外の地域でも、デジタルノマドの受け入れが進むはずです。たとえば北海道のニセコや、長野県の白馬村といったエリアで、デジタルノマドビザを利用して観光ビザ以上に長期滞在する方も出てくると思います。
 
 

海外の「デジタルノマド」事例

– 「日本はまだまだデジタルノマド後進国」とのことでしたが、海外でより先行している事例などはありますか?

田中:ブルガリアの「バンスコ」が象徴的な例です。ブルガリア南西の小さなスキーリゾート町で、人口は約8500人程度です。
このバンスコでは、2016年よりドイツ人の方がコワーキングスペースを運営していて、年々人気が上昇。2020年には「Bansko Nomad Fest」を開催し、その開催期間中前後の長期滞在者やリピーターなどを加えた経済効果は年間300万ユーロ(約4.8億円)に相当したと言われています。
 
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BANSKO NOMAD FESTの公式ウェブサイトでは2024年の開催について「前回のイベントは729枚のチケットが完売し、次回の2024年には1000人の参加者を目指しています。」と記載されています。人口8500人の町に、ハイクラス層のデジタルノマドが1000名集うことのインパクトは極めて大きなものでしょう(画像引用元:BANSKO NOMAD FEST公式サイト)

田中:余談ですが、デジタルノマドの多くは、元々はノンイングリッシュスピーカーです。たしかによく考えてみれば、ヨーロッパで明確に「英語圏の国」と言えばイギリスやアイルランドが主ですよね。「英語が話せるデジタルノマド」は多いですが、デジタルノマドの出身国が英語が公用語とは限らないですし、人気の国が英語圏とも限らないんです。

– 「デジタルノマドに人気の国がブルガリア」というのは意外な感じがします。イギリスやフランスといったいわゆる「日本人に人気の国」がデジタルノマドにも人気というわけではないのですね。

田中:これはエビデンスが無いので、あくまで個人的な見解ですが「デジタルノマド」と呼ばれる方々には、どこか「旅をしたい」「色々なところを転々としてみたい」という潜在的な欲求があるのだと思います。きっと旅に対する憧れのような思いって、皆さんどこかしら心の奥底にあるんじゃないでしょうか。
ヨーロッパはシェンゲン協定という制度の存在によって移動もしやすいですし、日本人が想像している以上に色んな国を訪問しやすいのではないでしょうか。そしてブルガリアといった満足度の高い地域には、デジタルノマド同士の口コミなどを通じ、さらに人が集っているという状況かと思います。
 
 

日本のローカルな街とグローバルが繋がる「デジタルノマドの未来」

– デジタルノマドビザが浸透することで、ワーケーションは「都心の人が地方で観光ついでに働くもの」というイメージからさらに変わっていきそうですね。

田中:そうですね。シロさんも仰っていましたが、いわゆる「都心の会社員が観光ついでに地方で働くワーケーション」は、何のためにやるのかという問いへの返答が意外と難しいものだったと思います。人によって意見がバラバラになりやすいと言いますか……。

一方で、デジタルノマドには「ワーケーション+インバウンド」という可能性があります。これまで日本にはそうしたフレキシブルな働き方に対する受け入れ態勢そのものが無かったので、まだ未知の部分も大きいです。
しかし、たとえば「中洲の屋台で隣で飲んでいる海外の方が、実はグローバルIT企業のPM」というような状況が起きるかもしれませんし、デジタルノマドの方と日本人が話すことで知の相乗効果も生まれるかもしれません。
バンスコのように、日本のローカルな街とグローバルが「日本の中」で繋がる可能性があります。海外の方を対象としているというのは、コロナの時期のワーケーションとは大きく違う点ですね。

– インバウンドの要素があるので、受け入れる地域側にも準備が必要ですよね。そのあたりについてはどうお考えでしょう?

田中:インバウンド、あるいはワーケーション事業推進の関連事業に対する省庁からの補助金などは、これまでも既に出ています。今後も、施設整備など受け入れ態勢整備を進めるための補助金や助成金の公募は広く行われていくと思います。

そのうえでさらにお話しすると、デジタルノマドについては変化のスピードも早く、先進地の事例や取組みなどについて「正確な情報を知る」ことも大切です。
私が代表を務める「デジタルノマド&ワーケーションラボ」では各地のプロフェッショナルと協働しながら、「デジタルノマド」そのものに関する解説に加え、地域のデジタルノマド誘致などに関する事例について情報発信を行っています。
 
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「デジタルノマド&ワーケーションラボ」は働く場所にとらわれない新たなライフスタイルを実現できる社会の実現を目指す、研究機関および情報発信のウェブメディアです。今回インタビューにお答えいただいた田中敦教授が代表を務めています。

田中:私はデジタルノマドを「単なる長期間滞在する訪日観光客」としてだけ見るのではなく、彼らとの多様な交流を通じて、グローバルデジタルノマドと日本、地域をつなぐことで、働く場所にとらわれない「新たなライフスタイル」の実現を加速させ、社会や地域の課題解決への貢献に結びつけることが大切だと考えています。
彼らとの共生により、ローカルスタートアップやイノベーションの推進につなげ新たな価値創造を共創していける未来につなげていけるものと確信しています。

– ありがとうございました!


田中先生によると、4月23日には「デジタルノマド&ワーケーションラボ」とサイトのローンチを記念し、創設者4人によるオンラインイベントが開催予定だそうです。こちらもご覧下さい。
【オンライン開催】デジタルノマド&ワーケーションラボ ローンチ記念イベント | Peatix

【オンライン開催】デジタルノマド&ワーケーションラボ ローンチ記念イベント | Peatix

【オンライン開催】デジタルノマド&ワーケーションラボ ローンチ記念イベント | Peatix

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